マイナスイオンは、主に空気中の過剰電子によりイオン化した分子の陰イオンをあらわす[出典 1]和製英語として用いられるとされている。しかし、実際には科学で言うところの陰イオンとは無関係であり、イオンという科学用語を使用してあたかも科学的に立証されているかのように誤解を故意に与える疑似科学・オカルト・霊感商法として関連物品の販売に使用されているのが実情である[出典 2]。
20世紀終わりごろからメディアに頻繁に登場するようになり、1999年から2003年頃が流行のピークであった日本の流行語となった[出典 3]。この頃のマイナスイオンは、一見「科学用語」のようにみえる便利な「マーケティング用語」として、家電製品や衣類・日用雑貨などのキャッチコピーに頻繁に利用された、いわゆる「バズワード」の典型例の一つ。
なお、家電メーカー13社からはマイナスイオンの定義として「空気中の原子や分子が電子を得てマイナスに帯電したもの」というほぼ共通した回答があり、一部に関しては特性に関する自社の研究データがある[出典 4]。
家電製品のイメージは「健康によいもの」であったが、実態は統一的な定義もなく、健康に関して標榜されたさまざまな効果効能の中には科学的に研究されたものもあるが、実証が不十分であるものが多い。従い、このような現状でこれらの効果効能を謳う商品は薬事法や景品表示法に違反する可能性がある。しかしマイナスイオンの効果効能を謳う業者や違法表示商品や健康本は未だに後を絶たない。科学的な研究が不十分であれば、業者・商品・健康本は科学とは異なる価値や論理を持つ疑似科学、オカルトの一分野となる。
滝の近辺で空気が負に帯電する現象について、20世紀初頭前後にドイツの気象学者フィリップ・レーナルトが、「水滴が微細に分裂して摩擦することによって空気が負に帯電する」というレナード効果で説明した。ドイツを中心にこの現象の生理や病理との関連が研究され、日本でも1920年代から1930年代に同様の研究がおこなわれるようになったとされている[出典 5]。日本で1922年に出版された『内科診療の実際』[出典 1]において空気中の陰イオン(英語でaero-anion、物理学・化学でいうイオンとは無関係であることに要注意)を指して「空気マイナスイオン」という訳語が使われ、生理学的作用が報告された。1930年頃には病気に対する症例報告が行われるようになった[出典 6]。
その後、戦争によって研究の進展が停止したものの、20世紀後半に入って再び注目を集めるようになった[出典 5]。
マイナスイオンの流行語としてのピークは2002年夏ごろである。当時「マイナスイオン商品」と呼ばれる様々な商品が大量に市場に溢れる現象がおこり社会問題となった[出典 7][出典 8]。それら商品は、マイナスイオンの効果効用を標榜するもののその実証はなく、またマイナスイオンが科学的に何を意味するのか(何の物質や現象を指すか)についての定義も明確ではなかった。それにも関わらず、それら商品の広告や関連の健康本では、「イオン」という科学用語を使った上でのあたかも科学であるかの如く表現されていたため、マイナスイオンは典型的な疑似科学用語であるとされた[出典 9]。このような、あたかも科学的に健康効果があるかのようにみせる表現は、消費者を欺き商品の購買意欲を誘うものとして問題視されている。
[編集] 「マイナスイオン」の起源と流行
[編集] マイナスイオン「健康論」の起源
換気論の分野で、19世紀末から20世紀初頭の欧米で一部の学者(1910~1920年頃のSteffens、Dessaurなど)が負の空気イオン(negative ions、negative air ions)が健康に好影響を与えるとする仮説を主張していた[出典 10]。西川義方[脚注 1]らが医学書[出典 1]に「空気マイナスイオン」と訳語を記載し、生理学的効果を検証報告したことから国内でも知られるようになった。1930年代には、空気イオンによる療法として特に日本やドイツで陰イオンと陽イオンの病気が病気にどのような影響を与えるかという研究論文が医学会誌に掲載された[出典 5]。1940年前後には、北海道帝国大学医学部で空気イオンの医学的研究をしていた木村正一らが欧米の学者の説と自身の研究をまとめて出版した[出典 11][出典 12]。空気イオン説が国内で言われるようになったのは、これらの医学書の記述が発端となっている。
これらの研究による検証は単純な二元論であり、すなわち、負イオンは健康に好影響を与え、正イオンは悪影響を与えるとする臨床的な実証がなされた。ただ,マイナスイオンが体に良く,プラスイオンが体に悪いという白黒二分法的な理論の科学的根拠はない。ニセ科学の一種である。南風が吹くと空気のプラスイオンが増えるため、人の精神に悪影響を与え犯罪発生率が上がると主張され、スイスではプラスイオン量が増大するフェーン現象は犯罪の実刑が軽くなる情状酌量の証拠として認定されている[出典 5]。
日本以外の国では、 健康機器としてion generating device(イオン発生装置)が1950年代頃に一時流行したことがあった。しかし1960年代初頭には、イオン発生装置や副産物のオゾンに対してアメリカ食品医薬品局(FDA)が警告を出したことにより、イオン発生装置は健康市場から制限を受けることになった[出典 13]。結果として業者らは、空気清浄機として販売しなければならない状況になった[出典 14]。
これらの空気イオン商品は数十年後の1990年代、「マイナスイオン商品」と名称を変えて日本に再登場した。
[編集] あるある大事典とマイナスイオンブーム
1990年代後半から、マイナスイオン商品は散発的に販売されていたが、ブームのきっかけは1999年から2002年にかけて、テレビの情報バラエティ番組「発掘!あるある大事典」[脚注 2]がマイナスイオンの特集番組を放送したことであった[脚注 3]。番組ではマイナスイオンの効能が謳われ[出典 15]、ブームに火がつき、マイナスイオンは2002年の流行語となった[出典 3]。
当時の家電市場は不況[脚注 4]であり、大手家電各社はなりふりかまわず様々なマイナスイオン商品を販売したが、その効果効能の実証をしてはいなかった。2002年の家電販売店の店頭は一時マイナスイオン商品で溢れかえる事態となった。そのため、2002年上半期の日本経済新聞社発表のヒット商品番付では、マイナスイオン家電が小結にランクされた。家電以外でも、繊維製品や雑貨品各社もブームに便乗して、マイナスイオン効果を謳う商品を市場に投入した。これらの商品も臨床実証がされぬまま、情緒的に効果や効能が謳われた。
[編集] 流行の実態
「マイナスイオン専門家」[脚注 5]のステレオタイプな説明では、「マイナスイオンは常に好ましいもの」であり、対して「プラスイオンは様々な害悪を発生させる根元」とされる。そして善悪二元論の論理でマイナスイオンを身の回りに満たす方法を提唱した。
マイナスイオンの健康問題を扱う一般書籍[出典 16][出典 17][出典 18]やマイナスイオン商品の広告[出典 19][出典 20][出典 21]の中には、科学としてマイナスイオンによる効能を扱うものが見られる。
マイナスイオン商品の解説や健康本の著述の中には、「マイナスイオンが疲労回復・精神安定を始めとする様々な健康増進効果をもたらす」と主張するものがあるが、これらの効果は客観的に証明されたものではないものが多くある[出典 4]。また、本来のイオンとは関連性のない効果や現象を混合したものもマイナスイオン効果と呼称している場合もある。
雑誌・健康本の世界では、実証されていない様々な効果効能が標榜された。健康増進に寄与することが実証されていなくとも、商品販売とは関係がなければ、書物の記述は薬事法の規制対象外であるためである。これらの言説がマスコミ(特にテレビ)やインターネットで引用され、拡大再生産された(参考:アカデミック・マーケティング)。
流行が過熱した2002年頃には、流行に便乗して様々な「マイナスイオン商品」が発売された。エアコン・冷蔵庫といった大型で高価な家電製品、衣類・タオル・マスクなどの繊維製品、マッサージ器やドライヤーなどの健康機器・美容機器、芳香剤・消臭剤などの日用品、自動車用品[出典 22][出典 23]、パソコン[出典 24]、パソコン関連製品など多岐にわたっている。また、マイナスイオンを発生させるという触れ込みの商品であっても、実際には単なる置物・装飾品・印刷物[出典 25]であるものも存在した。何かが発生しているように見せかけるため、音や光を出す商品や説明文書を添えた商品も存在した[出典 26]。
[編集] 景表法改正による取締り強化とブーム沈静化
2003年になると、景品表示法が改正され商品の表示に対しては合理的な根拠が要求されることとなり、マイナスイオンブームの逆風となった。法施行後、大手家電はマイナスイオン家電のパンフレットから効果効能の記述を削除し、そして販売自体が中止されたマイナスイオン家電も多く出た。2003年、国民生活センターは、マイナスイオンを冠した商品すべてに科学的に健康効果が実証されているわけではないと報告している[出典 27]。2003年8月には、マイナスイオンブームの旗手であり、マスコミに頻繁に登場していた堀口昇が経営するメーカーが製造するマイナスイオン器具関係が薬事法違反で行政処分を受けた。これ以降、堀口昇がマスコミに取り上げられることは稀となった。2004年になると、マイナスイオン関連製品の月別発表件数は最盛期(2002年8月)の1/10以下となり、マイナスイオンブームは沈静化した[出典 28]。沈静化した後もマイナスイオン製品の効果効能を信じる、あるいは期待する消費者はいるが、効果を実感できなかったという消費者のアンケート結果が公開されたことや、効果の究明が全く不十分と指摘する学識経験者の声が広まり、またメーカーが効果を検証していないことが明らかになるに従い、効果を疑問視する消費者も増えてきた[出典 29]。さらに2006年11月には、東京都は科学的根拠が薄弱なマイナスイオン商品に対して、複数の業者に対し資料提出要求及び景品表示法を守るよう指導を行った(後述)。また2008年2月には、マイナスイオン等による「自動車の燃費向上グッズ」が効果無しとして、業者19社が公正取引委員会によって排除命令を受けた[出典 30]。現在ではかつてのマイナスイオンのブームは終結しており、大手家電メーカーがマイナスイオンを機能として表示しているものはドライヤーくらいであるが、これも除電機という昔からある概念で説明ができる。しかし、一部の家電業者は現在もエアコン・扇風機・加湿器・除湿機等の商品をマイナスイオン機能付きで販売しており[出典 31]、また地方の観光地などでは、ブームの名残りの商品が販売されていることがある[出典 32]。また、一部の企業は、名称を変えたのみの商品を販売しているところもある(後述)。
[編集] 曖昧な「マイナスイオン」の定義
[編集] 様々な定義で用いられている現状
マイナスイオンは自然科学の用語ではない。マイナスイオンの健康本[出典 33]やマイナスイオン商品[出典 34]などによって、イメージが形作られた造語である。
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